2006年06月30日

葬式の衣服

干女の祖母の葬式時のものです。
(結婚式よりも派手です。祖母は老衰で亡くなったので目出度いようです)
この衣服は花腰タイ族(タイ洒)の二種類ある民族衣装のハレの日なのです。それを肉親は葬式の日に着用します。ですからこの民族はカラフルな民族衣装を結婚式の日にの両方に着用します。ただし結婚する当人の母親は結婚式に参加しない事が普通ですから、若いときには自分や友人の結婚式の時に着用し、母親になると葬儀に使います。

もう一種類ある普段着用する地味な民族衣装は結婚してから着用します。個人的にはそちらの方がなんとなく好ましく感じます。

この人はその祖母の息子さんの奥さんです。毎日 市場で家に作った豆腐を売っています。
彼女が着用している腰帯が花腰タイの由来の腰帯でスカートにあたる腰巻の二つが全て手作りです。
この腰帯の布を自ら織っています。染色は何かの木片を使います。
上の衣類は工場で出来たものを縫製します。

1000x1500dot 過度な輪郭補正をしてます

葬ョ伯母.jpg
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2006年06月24日

さとうきびの買い取り価格 2006年1月

嗄洒の風景はさとうきびと稲作、そしてマンゴー樹の3つが特徴的です。そのさとうきびの話題です。今年の1月の様子です。

雲南のサトウキビの工場買い取り価格は1Kg 1角でした。大型トラックで運んでも1回1トンぐらいでしょう。すると100元・・・ トラック一杯で100元 あまりも安い金額だと思います。雲南黒豚が1Kg 10元ぐらいで売れますので 1頭1000元ぐらいになります。

嗄洒のさとうきびは2種類あります。一つは砂糖を工場で絞るサトウキビで茎が細くまだ青いものです、もう一種類、雲南には茎が太く、茶紫のサトウキビがあります。あまり栽培面積は広くありませんがこの皮を剥いてカジル甘さはなんとも言えません。こちらは工場へ行くサトウキビの何倍かの価格です。
このサトウキビはお土産用としても街の市の日に近所の農民がリヤカーに積んで売りに来ます。市の辺りをうろうろしていると顔見知りの人がリヤカーと共にやって来ていて出会います。
また運良く このサトウキビの取り入れをしている所に出くわして眺めていると1本ぐらい皮を剥いて食べるようにくれる人も多い雲南の農家の優しさがあります。

路線バスが通る道路脇にはこのサトウキビが立てかけられています。運転手は見かけるとバスを止めてサトウキビの品定めをして休憩だったり、バスの中には知り合いに持っていくお土産か束ねたサトウキビが積んであったり・・・・
工場へ行くさとうきび以外はこの茎の太い紫色のさとうきびです。

サトウキビの甘さも気温に比例するようで私が行っている所は標高が500メートルほどで雲南でも特に暑い地域で甘さもかなりのものがあります。

先日 スカパーの邦画で沖縄のサトウキビの刈り入れを題材にしたものがありました。丁寧な作りの映画で刈り入れの実際の様子が初めて判りました。
しかし工場に行くさとうきびで茎の細い青いものでした。

(2006年1月)今年も雨が降らず 大干になるかもしれず さとうきびの生産量も減っていて買い取り価格が トン辺り150-180元まで上がっているそうです。

干女の嫁ぎ先では約8トンの生産量だそうです。丁度今 刈り入れがあり、忙しい最中なのに干女が実家にわさわざ帰ってきました。大体2-3日で刈り取り出荷は出来るそうすです。大きいお腹は4月下旬まで続くそうです。

8トン生産してこの価格ですから 農民がいかに苦しいかわかります
干女もなんとか町に帰る事を考えるように言ってはあり本人も農家では暮らしが立たないのは判っていますがなかなか大変でしょう。結婚したのですから旦那に頑張ってもらうしかありません。
(干女との関係についてはゆっくり書きたいと思います)
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踊り子の公平?

「カメラ1台 家1軒」に出てくる場所は嗄洒の手前の観光村、大檳榔園です、
ここの広場は3月まではこの大檳榔園の小姐が踊っていました。日当15元 小姐も日当が安いといいながら人数としては20人程度の小姐が踊っていてそれが一直線になって踊っている姿は壮観でした。

広場3月.jpg 2006年3月


それがこの5月に行ってみましたら大檳榔園の小姐は全て不在で書き方は悪いのですがお払い箱になってしまっていました。その変わり隣の水塘鎮や腰街鎮の同じ花腰タイの小姐が8人ほど踊っていました。
推測ですが大檳榔園だけ観光で潤う事への配慮ではないかと思います。彼女達は嗄洒の文化站の中にある建物に寝起きし、毎日大檳榔園に通って踊っているそうです。工資は400元、住食は自前なのだそうでほとんど残らないのではと思います。大檳榔園の小姐はやはり 仕事を失ってしまった事に納得しがたく彼女達とは言葉が違うと言っていました。20Kmも離れればもう話し言葉が違ってきます。

広場5月.jpg 2006年5月


この大檳榔園ですが 村ではあるのですが行政区域としては村の下になります。住所としては南(虫豊)村大檳榔園となります。戸数50数戸です。隣に小檳榔園もあります。

大檳榔園.jpg 大檳榔園の入口



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カメラ1台 家1軒 その2

先ほど 近所のカメラ屋に行きましたらこのカメラ(旧型の方が)セコハンで出てました。EOS1Ds\288,000との事。新型EOS1Ds MK2はまだ家二軒分です。
同じフルサイズのCCDを積んだEOS5Dが新品で30万ぐらいですのでそれよりは高く出来ないようです。

EOS1Ds MK2
http://cweb.canon.jp/camera/eosd/1dsmk2/index.html


でもこの人は多分 中古ではなく新品で購入していると思います。なにせ「領導」と呼ばれてましたから−−−だからテレビのニュースで流れていたわけです。
中国語のリンダオは日本語でどこまでを指すのでしょうか?
観光村ではこのリンダオが来ると最優先で踊りが行われます。どんなに予定より遅くなってもご飯を食べず小姐はひたすら待ち続けます。
こちらは「領導」というとエライ人と考えますが さすが観光村、家族連れの領導も多いようです。

イーリンター.jpg
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2006年06月19日

水タンク=運転席

「雲南18怪」はご存じでしょうか、雲南の面白い話題を18並べたものです。その中に雲南の列車は車より遅いというものがあります。本当に雲南では列車のスピードは車より遅い事がほとんどです。また雲南だけでも日本と同じ面積がありますから その移動はなかなか大変なものがあります。雲南では結局は路線バスか飛行機という事になります。


さて雲南で長距離バスの中型バスに乗っていると時々 車に水を補給する為に停車します。そのついでに乗客はトイレへ行きます。

この水補給ですが どこへするかというと車の上部に取り付けた水タンクに入れる場合と 運転席を改造して水タンクにしている場合があります。この運転席兼水タンクはどこかで手作りしているようで座席の下の部分と背中の部分が水タンクとなっていて上部から水を入れるようになっています。一応 座席にはクッションもついていますが やはり乗り心地は悪いようです。

この水タンクですが 雲南を走る路線バスは雲南の山や谷を越えて200kmぐらいの距離を大体数時間掛けて目的地に向かいます。その路線の長い下り坂でブレーキが熱で効かなくなる事を恐れてブレーキに水を掛ける仕掛けがあるようです。

この座席を改造した水タンクに水を補給するには水道のホースを座席の上に突き出たパイプにホースを差し込んで補給するわけですが、大概はそのホースから水がタンク一杯になって噴き出てきます。運転席の後ろに座っている人はとんだトパッチリです。

そんな運転席を水タンクに改造した路線バスは古いものが多く 今の新しいバスは水タンクをどこにも積んでいないようです。古いバスはエンジンのパワーも無い事が多く、またそんな古いバスだからこそ、乗客の少ない辺地の路線を走っている事が多く そうなれば道路の状態の悪い路線という事になります。
今でも古いバスが乗客の少ない、整備されていない石ころの道路を無いパワーをふりしぼって 上り坂をあえぎあえぎ登っています。
そんな雲南の田舎の路線ですと人里も遠く、木々に囲まれた道路を揺られていくのが 私にとっての雲南の旅のように思います。

そんな場所で道路が破断している場所に出くわすともう生きた心地がしません。そんな時の模様は又の機会に書きたいと思います。
posted by むりー at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年06月18日

倭人

アマゾンの中古本をページをみていましたら 鳥越憲三郎「弥生文化の源流考」という本がありました。どうもイ瓦族の本らしいので注文してみましたが やはりイ瓦族の本でした。
この著者は倭人とは 古代中国の長江下流に住む今の中華民族以前の民族が中華民族の南下により各地に離散したがその総称を「倭人」と呼んでいるようです。ですからタイやビルマにも倭人がいるわけです。その中で雲南解放1950年から20年後までも首狩りをしていたイ瓦族が古いそういった倭人としての習慣や文化を保持しているので調査したと書かれていました。

弥生文化の源流考.jpg

また 安田喜憲著 「長江文明の謎」にはモロに長江流域に住む民族が漢族の圧迫によって西と東に分かれた、西に分かれたのが苗族で東に逃れたのが日本人であるとかかれています・・・

長江文明の謎.jpg

どちらも日本人のルーツは今の漢民族にはなく中国や東南アジアに離散した長江流域に住んでいた民族であると書かれています。
去年 雲南の孟連、西盟に行きイ瓦族の生活を見たいと思いいつもの場所から軽の面包をチャーチーして行きましたが結局私も中国人の同行者も時間もなかったのでイ瓦族の人々と会う事が出来ませんでした。行きたい場所は中国人ですら「辺境通行証」が必要な場所でした。

イ瓦族.jpg

5月に昆明の民族村に行きましたらイ瓦族の村で沢山の青年に会えましたが観光村でしたので、いつかは又 孟連、西盟に行ってみたいと思います。
書いてしまって良いのかわかりませんが 日本人も戦国時代まであるいは赤穂浪士の時代までは間違いなく首狩り民族であったわけで、どちらかといえば日本人は現中国を代表する漢族よりも少数民族 この場合倭人 の中に日本人と通じるものがあるように思います。雲南でいくらタカラれても他の地域で犯罪のたぐいに会うよりはマシだと思っています。
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2006年06月17日

日本でも どくだみ

自宅にて

どくだみの生です。四川豆板醤で味つけです。
やはり向こうで食べるのとはちょっと味が違うようです
根、葉は食べられますが、茎は固くてちょっと無理

どくだみトウバンジャン.jpg
posted by むりー at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年06月16日

カメラ1台 家1軒

このおっさんのカメラ CANONの EOS1Dsです これを持っているだけで普通の人ではありません。
これは観光村の広場で民族衣装を着た小姐を撮っている時のものです。(撮られていたのは去年 一緒に孟連に行った小姐でした)
2日後 県のテレビニュースでその模様が流れました。
これ1台で2階建ての家が一軒建ちます。
この観光村辺りの稲刈りの手伝いの日当は22元です。

こんな金持ちなんですから撮ったもの4つ切りにして被写体になった小姐に送ってくれても良いものですが そんな話は聞いた事がありません
代りに私に「大きいのをくれないと怒る」とまで言われています。結局 権力を持つ人間には言えず、言っても問題の起らない人間には強く出るという「ふつーの中国」です。


中国では(私の行く中国では)金持ちほど小気!

EOS1DS.jpg
posted by むりー at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

戛洒紹介 その4 注意点

戛洒の素晴らしさはもう散々書いてきましたので注意点を・・

1.医療設備は無いものと思って下さい。
 何かあったら車を呼んできて新平県城か昆明まで走って下さい。

2.衛生面は問題が多い。
 高温多湿な環境です。生ま物は口にしないで下さい。漬け物は 豊富にあり美味しいのですが、止めた方が良いと思います。
また魚の類は経験上、よく煮えていない事が多くお腹が緩くなる事が多いようです。向こうの人は魚は好きなんでよく食べますが。

 箸やヌレテッシュは必須ですがちょっと虚しいものがあります。 タイ族の人々は感染症に掛る確率は極めて高いようです。
また一般農家の台所は私達の台所と清潔度が大違いです。気になる方の食事は街へ戻って済ませて下さい。

3.騙す人は少ないのですがタカル人は極めて多いので親しくなっても用心・・・
 タカル程度も普通の程度ではありません。

4.雨期の道路寸断有り
 雨期になると大雨で哀牢山系からの雨水が泥石流となって村落全てが流され100名以上の死者が出た事があります。
泥石流が道路を破壊する事はかなりの頻度で起きますのでそれを見越して雨期は2-3日余裕のある日程で行かれて下さい。

5.ここだけの問題ではありませんが
 ここのタイ族は古いスタイルのタイ族で文盲の人も多く 私達の文明と多くの点で違っています。
その違っているという点を頭に入れ何を言われても怒らず焦らずおおらかな気持ちでお付き合い下さい。年配のおばさんなどはとんでも発言をする人もおりますが、騙すつもりの人はまずいませんのでよく話を聞いてあけで下さい。ここは騙す人は極めて少ない分タカル人がとても多い場所です。(古い貴族の血統と関係があるのかもしれません)
posted by むりー at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 戛洒紹介

戛洒紹介 その3 宿と交通

この花腰タイ族の村へ行く交通手段ですが以前は片道1日掛りましたが今は全て舗装化され良い道路となっていますので片道5時間ほどで昆明から行く事が可能です。300km弱

一番簡単なのは昆明の火車駅前の大型バス駅から「戛洒」直通の大型バスが1日1便 午后2時30分にあります。午后7時に戛洒着(60元)
戻りは戛洒朝7時10分発です。午前11時半に昆明着です。

普通の路線バスは昆明の新南駅から午前8時半,午前10時に新平県城行きがありますので新平県城で戛洒行きに乗替えて下さい。1時間毎にあります。

戛洒からの路線バスは墨江、楚雄、双柏、鎮源、元江、などは1日1-2本ほどあります。 また 新平県城、隣の漠沙鎮、水塘鎮などには多くのバスが出ています。

タクシーはありませんので小型面包をチャーターして下さい。1-2元/km

上記観光村へは三輪バイクがありますので交渉してみて下さい。
2-5元程度で安いのですが 観光村から呼ぶのは大変です。
手机の番号を聞いておいて帰りの足も確保される事を御薦めします。

宿ですが 戛洒は宿には恵まれていて綺麗で空調有りの部屋が30元と いつまでも滞在する気になれる部屋が沢山あります。一番高いホテルでも金茂飯店で60元程度です。今までは長期滞在する場合、自分で派出所に行って住宿登記の必要がありましたが今は登記無しでずっと泊っていても何も言われません。
(バスタブは上記金茂飯店のみと思われます)
posted by むりー at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 戛洒紹介

戛洒紹介 その2 観光

このタイ洒の街「戛洒」がさ ですが元江の河畔にありその元江と並行して哀労山系の山並みが走っていて棚田で有名な元陽からベトナムまで続いています。この哀牢山を後ろに、前は元江の川原の間の傾斜地が「戛洒」であり、タイ語で「砂の上の街」という意味なのだそうです。そのままの街でもあります。ここは数百年に渡って近隣の商業集散地として交易の中心として盛え、大きな市が立ちます。今でも月の1と6の付く日に大きな市が立ちます、この日を替え近隣の鎮を持ち回りでこの市が立つようです。

人口は戛洒全体で2万人前後です。ほとんどがこの花腰タイ族ですが彝族、ハニ族、ラフ族、回族、漢族などが住んでいます。

観光はこの花腰タイ族の村落の観光になりますが目玉は今整備が進んでいる観光村の「大檳榔園」という事になります。
ここは戛洒の街から2kmほど県城の戻る途中にある元江河畔の村です。ここは大きな広場があった為か観光村として開発され広場の真ん中に舞台が作られ観光用の踊りが行われます。(400元人民政府へ連絡 あるいは直接村へ)
また観光用に農家楽があります(宿泊はまだ不可、食事のみ)
村の周辺はマンゴー樹、サトウキビ、稲作、の風景があり水牛を追うこの村の人々の姿が見られると思います。
特にマンゴー樹は巨大で高さが20メートルもあるものもあります。

上記大檳榔園だけでなく戛洒の街から元江の河沿いにある村が(土楼、速都、曼秀老寨、曼湾、曼理、大檳榔園)並んでおり、この村々を川沿いに訪れるのも御薦めです。

戛洒で有名なのは湯鍋です。これは牛の内蔵料理で戛洒の街の中にはこの湯鍋の専門の屋台街があります。ここで農家の人と農家酒と湯鍋で夜の更けるまで飲むのも一興です。

忘れる所でしたが 肝心のお祭りですがここのお祭りは花街節 と呼ばれ、男女の出会いが目的のお祭りです。以前人民中国で紹介されています。このお祭りですが今はほとんど観光化されてしまい、本当の姿を見るのは大変です。
このお祭りは農暦の2月の最初の丑の日がその日ですが今では 年に3度ある長期のお休みに会わせて観光用のお祭りが行われていますので一般の方はそちらをご覧になると良いと思います。

詳細は下記サイトをご覧下さい。
http://www.huayaodai.com/
http://www.huayaodai.cn/
http://www.ailaoshan.com/
Internet exploler 専用 中文

日本語による紹介です
http://www.rmhb.com.cn/chpic/htdocs/rmhb/japan/200212/4-2.htm
http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/guanguang/jieri/200107/200107.htm
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戛洒紹介 その1

新平花腰泰文化学術.jpg  新平花腰イ泰文化
 国際学術検討会文集


新平花腰泰文化大観.jpg 新平花腰イ泰文化大観




いつのまにかいつも行っている場所の観光政策と連動して雲南タイ族の学術書?が出ていました。
私が行っている雲南の中部のタイ族は3つあるタイ族の中の花腰タイ族で更にその中の(イ泰)洒と呼ばれる支族に当ります。このあたりのタイ族は言語としてはビルマの近くに住む干タイ族に近いようですが文字を持たず、古いタイ族の生活スタイルを保っています。観光地として有名な西双版納のタイ族とは身体的特徴、言語、服装共大きく異なります。
この新平県のタイ族は昔の(シ真)王国の末裔とされていて貴族の血統なのだそうです。特徴としては文字を持たず、仏教ではなく自然崇拝を基本にしています。文身(入れ墨)、日本でいう「お歯黒」などの特徴があります。今でも日常使われている土器は農家の庭先で焼く土器で素朴なものです。
また葬儀のスタイルもかなり独特なものがあります。地域の広がりとしては新平県の花腰タイ族としてはこのタイ洒、タイ雅、タイ(上下)の三つの支族で成り立ちそれぞれ半径20km程度の範囲に居住しています。

この新平の花腰タイ族の習俗等は今まで日本語で紹介された事が無いようでガイドブック等は役立ちませんでした。
この頃は年に1度程度は日本からパック旅行も出るようで現地で日本人のお客さんと出会った人にも会うようになりました。

ここの特徴を見聞きした範囲で書きますと、一番の特徴は雲南でも最も温度の高い地域という事で、西双版納等よりも高温になるようです。これはこのタイ族が元江、紅河の河畔に住んでいる為で昆明より7度ほど常に高温です、この為、サトウキビマンゴー、レイチ等 糖度の高さで有名です。特にマンゴーは
季節の7、8月になると猫跨ぎ状態で街中マンゴーだらけになり、米の価格よりも安くなります。またサトウキビも年中収穫され、子供がおやつ代りに齧っています。

私が行っている「タイ洒」街、「戛洒」の素晴らしさはとても言葉や写真では伝えられません。
素晴らしさは私の貧弱な文章ではとても文字に出来ません。

posted by むりー at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 戛洒紹介

中国国際放送局のサイト

こんなのありました。
http://jp.chinabroadcast.cn/1/2005/01/20/1@33823.htm

写真はお隣の漠沙の写真です。道路に赤い糸が貼ってあってというのは未だ経験がありません。漠沙の風習なんでしょうか?
ホームページの地図を見ていただければ判りますが
戛洒-20km-腰街-20km-漠沙 という事になりますが 20km離れた腰街ですらもう話し言葉が違います。習慣が違っても当然です。また花腰ダイでも戛洒はイ泰洒、漠沙はイ泰雅という支族になります。
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薬が恐い

右側の水虫の薬を戛洒の薬局で買って塗ったのですが段段 皮膚がおかしくなってしまいました。
どうもこの薬の副作用だと気がつき日本で皮膚科に行きましたら やはりこの変な薬の副作用でした。
で左の薬 ステロイド剤を貰って塗っていますがなかなか治りません。
やはり中国の売薬の副作用は強いようで、医薬品の認定制度がまともに機能しているのか・・・
水虫薬.jpg

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2006年06月15日

タカリ 2

戛洒や雲南、貴州で体験したタカリは強烈なものがあります。タカリは強烈ですが騙しはそれほどではなく、戛洒では騙しも盗難もほとんど体験しません。
その体験をまとめて書いてみました。

http://china.sblo.jp/
(さくらのblogは有料の為、いくつでも作る事が出来ます)
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花腰ダイ シアワセの願い

花腰ダイのお宅を訪問すると 手首に赤い糸を巻いてシアワセを願ってくれます。その時にタイ語で何か言っているようですが意味は不明です。
私の場合 巻いてもらった赤い糸は取る事はありませんが長い間には切れてきます。今はこのような状態です。

赤い糸.jpg

私の手首です。男性がこんな赤い糸を手首に巻いてなんだか恥ずかしいものがありますが 日本にいてもそのままにしています。
これは1本ではなくて3本です。くっついてしまいました

赤い糸2.jpg

これは糸ではなくて織机で作った細い布です。今回一緒に昆明に行った人のおかあさんが織ったものです。たらーっ

腕輪.jpg

これは市の日に売られていたものでマジックテープで取り外しが簡単です。3元 
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やはり反日感情は有り

冷飲店.jpg画像は関係がありません

先日 借りた部屋のすぐ近くに冷飲店が新しく出来ました。
「***茶庄」という名前です。
外から見ると綺麗な造りでちょっと危ないかもしれないという印象を持ちましたので近寄らないでいましたら、ある日 電話が有り、去年春節前 近くの鎮の山の上の実家に一緒に言ったラフ族の女性からで街で私を見かけたとの事でした。(彼女の老家の豚の頭のあった写真を載せました)

聞いてみてびっくりでその茶庄は彼女がやっているとの事、それで夜 行ってみましたら 冷飲店とはいえアルコールも出すようで、夜中にはかなり柄の悪い人も出入りしていました。
いつものように本物でないコーヒーを飲んでいましたら店の小姐が声を掛けてきます。しかし別の働いている小姐が「日本人に声を掛けては駄目 他のお客さんが・・・」と注意しています。アルコールの回った御客さんがいた時です。どうも 私と老板娘が知り合いである事を隠したいらしい。

雲南に何度も通いましたがこんな体験は初めてです。反日感情を感じないからこそ雲南や貴州の少数民族の住む場所に価値があると思っていましたが なんだか年年反日 感情が強くなっているように感じます。
少数民族が住むような村ではこんな事はありません。
その代り強烈なタカリがあります。
あくまで印象ですが、反日感情とタカリの和は常に一定なのかもしれません。
アルコールが回っていたお客さんが*族である事はほぼ間違いないでしょう。そのお客さんが帰った後は普通の雰囲気に戻りました。

今回 最初に泊めてもらった家の人に「家を建てて頂戴」と言われてしまいました。(笑)タカリも文化なのでしょう。
辛い時もありますが悪意は無いと思います。それに比べ反日感情に基づいて差別されるのは本当に辛いものがあります。それも雲南の少数民族が住民の2/3の場所では尚更です。

感染症の恐れの強い、少数民族だけが住む村の方がまだホッとするように感じます。やはり少数民族の方が優しいようです。タイ族のお宅にお邪魔すると女性が右手首に赤い糸を巻いてくれます。その赤い糸が何本も巻かれた手首を日本に帰って見る度にまた行きたくなります。

今回初めて 昆明机場で本物の雲南コーヒーが売られていました 匂いをかいでしまいました。今まで日本からもっていってました・・・・

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どくだみ

今回 これを随分と食べてました。どくだみを全て生で食べてました。
根、茎、葉を洗って豆板醤のような味つけです。雲南・貴州に行き始めた頃は臭い為とても食べられませんでしたが今はバリバリとこの皿ぐらいの量は食べてしまいます。向こうの人も同じくらいは食べますからこれで私も立派な雲貴人です。これを食べると快調です

どくだみ.jpg
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2006年06月14日

爺さん死ぬな

戛洒の干女(義理の娘)の母方の両親がいました。
二人とも母親の実家で暮していたのですが先日 母親の母親が70才台で多分老衰で亡くなりました。背の高い女性で180cmぐらいあったと思います。
先日 戛洒に行きましたら 私が到着する寸前 干女の乳児の顔を初めて見てから家に帰り、夜そのまま亡くなったそうです。 特段病気だったわけではありません。生まれ変わりなのかも?
葬儀は数日経過してから花腰タイの習慣に従って行われました。

葬ョ1.jpg葬式の準備をする人 頭に長い布をしています。



葬儀は近隣の村落からグループで参列者がやってきて 同時に子牛や鶏も連れてこられ、処理された肉は、亡くなられた家とその参加者のグループが持って帰ります。老衰で亡くなった場合は悲しい様子は感じられず楽しそうにも見受けられます。

葬ョ2.jpg葬儀のある家の屋根にこの面白い形の紙で出来たものを掲げます。何の為かは不明です。この時はこれよりも長い 全長数メートルのものも掲げられました。



その亡くなった母親の母親の連れあい、つまり母親の父親ですが小柄な男性で150cmぐらいでしょうか。漢方の先生でもありましたが連れ合いが亡くなったせいか元気が無く、毎日お酒ばかり飲んでいているそうです。なかなかの好々爺で このまま連れあいの死に引きずられてまさかという事では困ります。
干女にもっと面倒を看るように言ってはありますが・・・・・

以前、背の高い奥さんと背の低いご主人の姿を見て、外見と愛情は別なのだと改めて感じていました。もうあの姿は見られません。
私が戛洒を訪れた始めた頃の干女の家、そして親戚も7年の年月の中でいろいろと変わってきました。私にとっての戛洒はその頃の戛洒であって今の観光化された現在の姿は戛洒でないようにも思います。

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タカリ

子供.jpg


この写真ですがいつも行っている観光村の子供です。子供用の民族衣装を着ています。
いつも向こうで写真を撮ってはL版で持っていって渡しているのですが今回は 4つ切りで持ってくる事を要求されました。この子供の家に行った事もありません。一切お世話になった事もありません。以前 この子を撮ってやはりL版を渡したことはあります。
今回は撮影して4つ切りにして持ってこないと怒られる事になってしまいました。こんな理不尽な事はやはり 傾向として所得が低く文化程度の低い家庭で起るようです。悪意をはっきり感じるわけではないのですが、原始共産社会の残滓か、金持ち外国人がそのくらいのお土産を持ってくるのは当然という考え方のようです。
民族風情の強い観光村だからこそ こういう考え方をはっきりと口にするのでしょう。タカルなら金持ちの上海や広州の中国人にタカッテ欲しいものです。この子供の隣の家が去年、ビルマの隣の孟連に行った小姐の家があります。そこには同じ4つ切りの写真を渡しています。それを見て「私も貰って当然」という事なのでしょう。

干女は鎮の市街地に住んでいたせいか こんなたかりは全くありませんでした。
こんな体験をしても「医療の援助」は別と思っていましたが今回この村の別の人と昆明に出てから「病院にいくから *千元欲しい」と突然言われ 冷静さを失いかけました。やはり感染症です。

感じるのは  説明と説得がまともに無い事です。適当に要求を口にする。命や健康に関する事でも。そんな姿勢を見ているとこちらもマトモに取り合う気持ちにはなりません。本当に必死なら親戚から借金をするでしょう。
こんな不真面目態度でこちらが対応したら帰国して家族の納得が得られるわけもありません。
今回は部屋を借りたせいか その他いろいろありましたが「魔境中国農村」の姿を見てしまったようにも思います。
ただ 1つ病気の診療費が農家の年収を簡単に越える現実がありその点は同情しますが だからといって安易にタカル姿勢は納得は出来ません。干女の時は面倒をみるまでの前提がありました。

とにかく安易すぎます。
もし面倒を見るとしてもまた「高額医療=騙し」という事もあります。
その用心を外国人である私がするのでしょうか?
よく産まれ、よく死にます。
posted by むりー at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記