2006年10月16日

新戛洒紹介 その1補足

補足です。少数民族の標高による居住地域について

雲南で気温はとても大事な事です。この戛洒は雲南でも年平均気温がとても高い極所的な場所です。そしてその高さの為に感染症が多くそれを恐れた漢族は住んでいませんでした。今は漢族が段段と増えてきてはいます。多分 感染症に対する知識の増大、医療水準の向上が理由だと思います。

一般的に環境の良い場所を漢族が占拠して少数民族が環境の悪い山地などに追いやられるというのか中国の普通の歴史ですが 雲南や中国南部の高温地帯は感染症の恐怖から良い場所を漢族が占拠しないという事が起きていました。逆に山地に漢族が住み、低地に少数民族が住むという事が多いようです。その分 危険ではあるわけです。
またこの低地に住む少数民族というのは特にタイ族が多いようです。
それは稲作を行い、少数民族の中でも力のあるタイ族であった為だそうです。つまりタイ族は抑圧民族であり、披抑圧民族でもあったわけです。

この戛洒でも後ろに迫る哀牢山脈に住むのが漢族で低地にタイ族が住んでいます。山地の漢族はタイ族に比べて更に貧しいようです。

そんな経緯があり、事実をありのままに書き危険があるがそれを納得した上で訪れていただきたいと思います。
posted by むりー at 20:42| Comment(0) | 戛洒紹介

新戛洒紹介 その1

雲南は雨が続いているそうです。
本来は稲刈りなはずですが毎日、雨で稲刈りが始まらないそうです。

戛洒縮小2.jpg


これはいつも行っている鎮とその近くの村です。
一番左が 戛洒鎮でここに部屋を借りました。上部の左右に省道が見えています。その道路の上にベドナムへ流れる紅河が流れています。棚田で有名な元陽もこの河の下流にあります。
紅河と省道の間に村落が並んでいます。左から速都、曼秀老寨、曼湾、曼理、大檳榔園です。一番右の大檳榔園には省道から観光用の専用道路が白く縦に見えています。ここが戛洒鎮の観光村です。
(この村の名前が出ている地図は外国人には見ることが出来ません。
内部地図です。でも役所に行くと貼ってありますので写真に撮るかメモしてきます。)

IMGP1909.jpg

この頃はこの村に良く行ってご飯を食べています。もう壊れかかった電動自転車で戛洒鎮と行き来しています。そろそろ電池がヘタってきているようです。まだ500kmしか走っていませんが。
この村は観光村だけあって古い生活スタイルがよく残っていて、タカリも強烈です。
2,3枚目がこの村の様子です。3枚目の2本の木はマンゴーですがこれよりも太いものが沢山あります。

IMGP1882t.jpg

周りはほとんど棚田で稲とサトウキビです。見えている木の半分はマンゴー樹です。電動自転車でこの辺りをウロウロしているとシアワセを感じます。

次回のお土産はこの画像をプリンターで打ち出して持っていきます。
若い人よりも年寄りにこれを見て貰いたいと思います。ですが喜びはしないでしょう、保守性があるからこそ千年二千年と続いた村の生活があるように思います。

のどかで魅力的な場所ですが感染症の恐さと表裏です。
この場所は雲南でも標高が低く特に暑い場所で あるサイトには「炎瘴之地」と呼ばれ昔は夏と冬で大きく人口が変わると書かれていました。今でもここの宿は30元以上の部屋は全て空調が入っています。
ここの人は私達日本人と大体 5度ぐらいは体感温度が違うようです。一緒に生活すると困る時もあります。特に一緒には寝られません。昼ご飯を一緒に食べて后睡なんですが農家ですから空調はありません。一度 挑戦してみましたが寝てても汗が大変で苦行です。

とにかくありのままに書かなければこういったものを見て行かれる人もいるのですから 耳障りの良い事だけ書くわけには行きません
浪漫だけでは危険です。本来はもっとはっきり書かなくていけないのですがこれくらいが限界かもしれません。

posted by むりー at 20:30| Comment(0) | 戛洒紹介

2006年10月08日

タイ族と仲秋節

お月見は文化で習慣ですが、昨日 「人造衛星でアナタの家が見えた」と電話したのですがその時に仲秋節でお月様を見ていると言ってましたがちょっと悲しいものがあります。中国のそういった文化や習慣は全ての中国人が同じではありません。漢民族は93%です。現地の少数民族も漢化されて自分から仲秋節を口にします。タイ族の出自は長江中流域と聞いていますが古代の中国もまた今の漢民族文化では無かったわけです。
その中で3つの支族がありますがその一つは漢化が進み、漢タイ族などと呼ばれる人達もいますが。ある意味 一部の少数民族は旧中国人でもあるわけです。

出生届けに漢字以外を認めず、各民族の独自の文字での名前を認めない批判されて当然だと思います。日本が朝鮮半島で行った事と同じではないかと・・・ 何故身分証に漢字しか無いのか。何故いくつも名前を持たないといけないのか・・・

私が現地を訪れて強烈なタカリに会っても行くのを止めないのも各民族の特徴−原始共産制の残滓の中に民族の生き方があるのではと思い、単に否定しているのではありません。それを否定的な面だけみて圧力を掛けた人もいました。はっきり書けば他人にタカルのも文化です。
そのタカリも減れば同時に民族の文化も衰退するのではと思います。
タカリと文化は一体不可分だと思います。
              
電話口で仲秋節という言葉を聞いて悲しいものがありました。
posted by むりー at 22:59| Comment(0) | 戛洒紹介

2006年10月06日

Google Earth で 戛洒の家が見えます

夢にまで見た事がかないました。
Google Earth で戛洒の家が一軒一軒見えるようになりました。県城の桂山鎮より先に画像データが更新され県内で最初に詳細画像が見られるようになりました。
早速 借りた部屋の建物、干女の実家、知り合いの家の屋根が見られます。
撮影は去年の後半のようです。残念ながら撮影時に状態が良くなく鮮明に見えず かなり修正してあります。

戛洒.jpg

初めて戛洒を俯瞰で見る事が出来ました。今まで地上から見ていた時とは印象が大きく異なります。

曼ヤ2.jpg 干女が結婚して行った村です。

画面右上にある河が紅河です。右下に流れベトナムまで行きます

posted by むりー at 19:45| Comment(0) | 戛洒紹介

2006年10月02日

国慶節 歓迎光臨

戛洒は元々 漢族のお祭り/行事をしているのは人民政府ぐらいしか無いのですが 春節と労働節と国慶節は打工に行っている少数民族の人が家に帰ってきて、お金持ちの都会の人が少数民族の風情を観光する為にやってきて その為の商売で忙しい時期です。

書くまでもありませんが中国は一つではありませんが商売となれば別です。人民政府が率先して休日の観光用のお祭りに励みます。
(でも観光客のやってこない近所の村人は不満)

http://www.ailaoshan.com/newsShow.asp?id=257
↑の上の方に出てくる笠を被った女性の家に先日お邪魔しました。狭い場所なので写真が雑誌などに出ていると顔見知りの人がよく出ています。
posted by むりー at 17:31| Comment(0) | 戛洒紹介