2006年11月25日

「雲南の照葉樹のもとで」 1982

この本は古い本です。 日本放送出版協会 \2,200

雲南の照葉樹のもとで.jpg

日本で雲南に最初に学術調査に入った時の記録だそうです。それ以前に観光客が入っていたそうですが それよりも遅れて入ったようです。
場所は昆明と西双版納と広西です。これを読んでいると当時、正式に雲南に入った場合は昆明と石林だけが外国人に開放されていてその他は受け入れ単位が必要との事。そして移動途中の撮影が不可、当初は景洪市街のみ可で郊外は不可のところを交渉して農村部に行けたとの事です。民泊なぞとんでもない時代だっようです。

この時には昆明から景洪まで車で2日ぐらいだったようですが、1950年雲南開放以前は車の道路が無く1ケ月も掛ったそうです。今ではほとんど高速道路が出来て7時間だそうですが まだ思茅から景洪までは車で行った事が無いので未体験です。

こんな時代に比べ今は辺境(国境の事です)以外はほとんどの場所に自由に行けますし、民泊も許可を得れば可能となりました。中には何ケ月も一般民家に泊っている強者もいます。私が戛洒で体験している事なぞ、この当時に比べれば自由という言葉がぴったりだと思います。
ただ ビデオ関係の規制は未だに厳しくこの点だけは当時とそれほど変わっていないようです。(業務/放送用のビデオカメラについてです。家庭用ビデオカメラは ほぼ自由です。)


この頃はamazonで中古の雲南関係の本を取り寄せて読んでいます。もう絶版になったものも在庫があったりで今まで読めなかったものが読めます。
posted by むりー at 17:37| Comment(0) | 雲南の人々
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