2007年02月24日

春節後の田植え

戛洒も観光用の春節のお祭り 「花街節」が終わったようです。
これは2月20日から22日までで、春節でお休みの昆明人を対象にしたお祭りです。本来は農暦の2月の最初の牛の日に行われるものをこの3日間にも行われます。(本来の日程のものも細々と行われます)
年年 この春節、労働節、国慶節の観光用のお祭りが人民政府主導で行われ規模も大きくなってきました。この時期にやってくると宿も2-3倍の価格になってしまうようです。
観光村の大檳榔園のお祭りの為の広場もお客さんで賑わったそうです。そしてその広場の脇では「湯鍋料理」の露店も出来ているとの事でした。

そんな3日間が終わった翌日の23日にはもう田植えが始りました。ここの田植えは2期作で2月と8月?にあり、稲刈りが5月と11月です。

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後ろに見える山々は哀牢山脈です。
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2007年02月19日

三輪モーター車購入

これは1月に戛洒に行き、帰国後すぐに書いたものです。
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今回 いろいろなシガラミから三輪モーター車を昆明で購入する事になりました。その車が昆明から戛洒まで300Kmを自走して戛洒まで届いたそうです。よく壊れず到着したものです。
以後、田舎で賃走して稼いで欲しいものです。でも免許も無く車体の登録費、保険代、養路費等は置いてきませんでしたのですぐには乗れないようです。

こんなオモチャのような車でもよく壊れずに走ったもです。エンジンオイルを足したぐらいで13時間かかって到着したそうです。
この三輪車に乗るためには免許取得費、戸口費 養路費など2千元なにがしが別に必要で 免許取得費だけは置いてきました。
そういった費用も必要ですが又昆明に行って手続きをする必要があるとかで面倒のようで「返したい」などと今になって言っていました。
どうも貧しいという事もありますがアグレッシブに生きてはいないようです。何もかも誰かに面倒を見てもらいたいようです。千年近くも今の場所で少数民族として生きてきた彼等、彼女等にしてみれば、外の土地へ行って自分で目的を果たすのは重荷のようです。
情報量の圧倒的な不足から三輪モーター車を使って商売をするにはどんな手続きが必要かも知らない調べようともしない、で現物が届いてからいろいろ問題が判ってくる。知り合いや同業者には電話して聞くことぐらいはしますが肝心の公官庁には聞きません。

好奇心が無い、生きていく努力を感じません。それでいてこのくらいの面倒を私が見るのは当然といいます。その分、優しいのですが・・・・・


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1.三輪車の代理店が売られている場所の入口
  昆明の貴昆路にあります。ここは三輪モーター車が許可されている場所、昆明中心部は進入禁止



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2.ここは昆明空港の北側の進入路下にあります。



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3.旧型 こういった幌型が農村部では未だに主流ですが段段 走行禁止地区が増えてます



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4.この場所は三輪モーター車の代理店が集まっています。



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5.購入した三輪モーター車内部 子供は代理店老板の子、下にギアシフトレバーが見えてますが これがモロに足に当ります。このモデルの全ての製品がこんな状態なのでこのレバーを金属パイプを持ってきて エイヤッと曲げて足に当らないように改修しました。
 そんなのでも他の製品よりマシなように見えました。
 こうやって見ると普通に見えますが実際は プラスチックはボコボコと音がします。 オモチャという言葉がぴったり



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6.前面 旧型を今購入すると今後 街を規制の為、走行出来なくなる可能性があるので仕方なくこの型になりました。旧型の倍程度の価格です。



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7.後面



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8.銘板 水冷150cc これで大人3人 子供2人が同時に乗れることに
 なってはいます。
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2007年02月18日

太っているって・・・ その2

これは2回目のごはんの時の模様です。田舎の人ですからこんな感じです。
ごはんに呼ばれなくても目が会ったら一緒に食べるのが普通の習慣のある地域ですから人数が予定外に増える事はよくある事です。干女、その娘、干女の母親、その連れ合い、母親の父親、干女の兄の子、です。いまだ干女の旦那は来た事がありません。

今はテーブルで食べていますがこのテーブルはソファー用ではなくて農村の食卓です。このテーブルは便利なので沢山 使っています。

この上の階が大家で干女の伴娘の父親です。(回族です)下の階は漢族です。1階は冷飲店、2階 漢族、3階 私、4階 回族

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posted by むりー at 14:41| Comment(0) | 戛洒紹介

太っているって・・ 倭人の体格

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1枚目
 干女の娘ですが順調のようで9ケ月になりました。9.5Kg
 これでみると普通なんですが現地では太っているのだそうです。
 どうも農村の子供は日本人から見ると小さい子供が多いようで 日本人が普通に見えても太って見えるようです。
 子供が生まれて日本から、また現地で母子それぞれに 粉ミルクを買って届けてましたのでそれで元気なのかもしれません。向うの乳幼児用粉ミルクも高いものは日本とどっこいのものもありました。また使い捨てオシメもありました。(ただ干女は乾かして2回使ってました。悲しいので沢山買い込んで置いてきました)

 人間の体格ですが 一般的に南方より北方の方が大型化するようです。
 日本人は体格が丁度中国南部の人達と同等で いつも書いているように性格もどちらかといえば優しいものを持っていると思います。個人的にはこの優しい人々の住む場所 -「倭人」居住地域を勝手に「倭人半月弧」と呼ぶ事にします。 (インチキ呼称です)

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2枚目は農家の室内です。
 窓ガラスはありません。カルフールで買った電磁調理器がありますが 普段は薪かメタンガスのコンロです。電気代は日本より安いのですが所得から見ると高いという認識のようです。
 お酒はこれで2元しません。33元で20本 これでもまだ高いと言われてます。大体1瓶1元だそうです。

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3枚目は現地の私が借りている部屋で干女が来てご飯を作ってくれた時のものです。なんて書くと誤解されますが私の部屋に女性が一人で来る事はありません。必ず誰かと来ます。この時も実家の母親+子供です。
 ただ雲南の「雲南18怪」に「子供を背負って恋を語る」なんてのもあります。本当はなんでもありですから・・・・
 そんな現実は中国の93%の人は単なる批判対象でしょうし、また実情を知らない日本人も似たようなものです。パック旅行でこの話をしたら「重婚するつもりでしょう。私だったら離婚します」と言われました。
 画像の右側にほ乳びんが見えているのがご愛敬、2回目には全部で5人ぐらいの実家の人がやってきてなかなかの盛況でした。
 
 この地域は千年近く続くタイ族の地域です。以前は結婚相手は親が決めしかも10才台で結婚するので離婚率が1/3ぐらいだった
 そうです。今はそんなに高くありませんがそれでも日本よりはずっと高く 離婚している夫婦がかなりいます。

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4枚目
 これは食べる方の狗です。可愛くないのは大概 人間に食べられてしまいます。
posted by むりー at 14:32| Comment(0) | 戛洒紹介

2007年02月09日

もうすぐ ぶぎーと昇天

もうすぐ 春節ですが 多分中国の多くの農家で春節で食べる豚肉を用意します. つまり自分の家で豚を殺して解体します、この時期に農家に行くと庭先に豚さんの頭とか内蔵がそごらにあります
去年だったか こちらにそれを写真で紹介しました。今年はそのラフ族の家には行きませんが 11,12日に干女の嫁ぎ先であるようです。それから春節まで また一働きしてから本当の春節がやってきます。 少数民族も漢族に春節だけは合せるようです。
posted by むりー at 10:37| Comment(0) | 戛洒紹介

2006年11月25日

戛洒住宿登記 大変でした

戛洒鎮は、今年 雲南十大有名鎮に選ばれたようです。やはりこの風情、地形、タイ族の暮し、雲南の中でも素晴らしいものがありますからそれを理解される事が将来きっとあると思っていました。
その魅力に曳かれ部屋を借りたのですがそこへ滞在する為には住宿登記が必要です。今までは招待所に泊っていて、自分で派出所に行ってしていたのですが手続き的な問題はありましたが 今度は民家の部屋に滞在します。困難は予想していましたが やはりなかなか大変なものがありました。以下はその顛末です。

今年の5月に戛洒で新しい建物の部屋を知り合いの名前で(干女)借りたのですがそこへ泊る為に住宿登記をしたのですが、結局 干女の旦那と4回も通いやっとの事で住宿登記が出来ました。
今までの情報ですと田舎で民家に泊る時は泊める側の人間が公安まで同行すれば可能と聞いていましたので 私の名前では部屋を借りず干女の名前で借り、なんとか室内は住める状態にしましたので 今回初めて大家さんの娘と共に派出所で出向きましたが 民家に外国人を泊めるのはこの鎮では決定出来ないという事で拒否され、県の公安局まで行けと言われました。しかし県城まで行くとなると1日がかりです。

どうも担当者の口むき、雰囲気からするとやたら外国人に住宿登記を認めて何かあった時にその公安が追求されるのでしょう。
その後は 余所の場所では出来るのだからと干女の旦那(ある村の村民委員会の一人)が掛け合ってくれていざ 登記可能となりましたが 私のパスポートを出して登記をしようとしたら今度は15日以内の訪中で ビザ無しが問題となり 今度も駄目でした。しかし その派出所では過去に女性公安に 私が駐日中国大使館のホームページにあった中文の日本人の15日以内の滞在はビザ不用の部分をコピーして渡して読んで貰い 招待所等で宿泊した場合の住宿登記が可能でした。その記録も残っているはずです・
そのコピーをまだ私が 持っていましたので翌日また干女の旦那と一緒に行って渡しやっと 一般民家での住宿登記が出来ました。もし仮に滞在先が私の部屋という事だったら不可能だったかもしれませんので、用心は役にたったようです。
結局 住宿登記の担当者の能力や知識で可能、不可能が決まるようで15日以内のビザ無しでも問題無い事を未だに知らない田舎では普通の事のようです。今回は 説得力のある人に4度も公安と掛け合ってもらってやっと登記が出来ました。干女の旦那には始めて御世話になったような気がします。私が「非常感謝」というと そういう感謝はいらないと言うのですが 私が御世話になった時に口にするのでこの頃はそう言っても何も言われないようにはなりました。

そういった口にする事、口にしない事の習慣は民族や地域によって違うわけですが この頃は干女とその家族とも付き合いが長くなり、お互いにその習慣を合せるようになってきています。感謝を口にするのは面子の問題もあるようですが 親しいほど口にしないから親しいほど口にする常態に干女の家族とはなってきています。

駐日中国大使館
http://lsb.china.jp/chn/qzdl/fdlnew.html

外国人がめったに泊る事の無い田舎に行かれる方は招待所等に泊る時にはこのコピーを持参される事を御薦めします。
このページだけでなくトップページも一緒に持っていた方が良いでしょう。

そして結局11日ほど泊ってきました。予想どうりというか 端からいろいろな物が壊れてきてそれの修理もかなりの仕事でした。
家電品の不良率はかなりのものですし、修理しようとしても不可能な事が多く1年保証など無効な事あり、田舎と都会の差を実感しました。

次は1ケ月ぐらい滞在したいと思いますが 今の臨時住宿登記ではマズイような気がしますが どうしたら良いのでしょうか?
posted by むりー at 16:47| Comment(0) | 戛洒紹介

2006年11月18日

雲南農村医療保険開始 その5

今回 昆明から帰国する時に この細い帯を記念品という事で貰ってきました。貰った時にこんなに綺麗に揃っていなく 長いまま乱雑に渡されました。
帰国してよく見ると手織りの帯で巾1センチぐらい ぱっと見て変なものですが よく見ると丹精して作られたものです。織ったのは母親で、行く度にこのような手作りのお土産を貰ってきます。
商品経済の中では大した金額のものではありませんが 数メートルはあるこのお土産は心に残ります。「面倒を看てくれるのは当然」と言いながら こんなものをくれます。

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何もかも日本と異なる中国農村で日本的価値観はほとんど意味をなしません。この医療保険の文章を読まれて違和感を感じる方も多いと思います、しかしその違和感こそが雲南の田舎の実態でもあるのです。年に何度がやってくる日本人と親しくなり、その日本人に自分の病気の面倒をみてもらい、一方では面倒を看るのは当然と言い 看てくれなければ死んでしまうとも言います。どの程度の切迫性があるのかは全く判りませんがとにかくそう言います。もし私がいなければ本当に死んでしまうのか・・・・

ちょっと古いのですが中国の農村の医療の現状について書かれているサイトがありました。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/china/ruralmed.htm




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雲南農村医療保険開始 その4

ここまでで 具体的な医療保険の内容を理解して貰えたと思います。

以下はある事例です (誰かは今までの経緯で判ってしまいますが あえて書きます。)

1a 去年 ある女性が婦人科に行く為に私と昆明に行きました。昆明医学院付属病院で出会った同じ患者の女性の言に騙され 中医の病院を紹介され持ち切れない漢方薬を 買わされました。全く効きません。

1b その後今度は 昆明の大きな専門病院に行き2日ほど抗生物質を点滴しましたが 医師は1週間治療するように言ったそうですが高額な為 本人が2日で中止して帰宅してしまいました

1c それでも改善しない為 2ケ月後 再訪し8日連続投与しました
 帰宅後 県城の病院に行き その治療は騙しの医療だと医師に言われたそうです。ただその治療自体は無駄な事では無いと私は判断しています。大量の抗生物質の投与、その他の治療が実際に行われました、今は無事女の子が生れ健康上の問題もありません。 ただ 婦人科ですので症状等詳細は聞いていません。
 総額は治療費だけで1万元ほどでした。当然保険はありません


2 今年の初め ある別の女性の胸の皮膚下が一般細菌で感染し県城の病院で看てもらっても改善せず。玉渓市、昆明市に行き有効な抗生物質がある事を告げられ 処方せんを書いてもらい その薬剤をその病院で購入して帰宅、地元の鎮で十日間ほどその抗生物質を持ち込んで点滴してもらっています。治療効果あり。但し三千元ほどかかります。
 (県城以下の病院ではその薬が手に入らないそうです。)
 10月と現在(今回)と2度ほど続いています。昨日から点滴を開始したそうです。
 これも本人が県城の非農村戸口ですので保険は一切受け取れません。


感染症にもいろいろありますが とにかく感染症が異常に多いようです。そしてそれを対して納得出来る検査もせず高額な治療を行う医師もいて、現状では老百姓は何を信じていいのか判らないでしょう。納得出来なければ 患者家族が病院に殴りこみという事も起きます。
大体 3−4000元が年収の農民です。国連が規定する貧困のレベルとほぼ同じです。
病気になれば 農民は軽度な労働しか出来ませんので収入が減りますので二重苦です。結局 満足な医療を受けられず亡くなる人が後を絶たないわけです。
posted by むりー at 11:42| Comment(0) | 戛洒紹介

雲南農村医療保険開始 その3

調和社会に向けて農民の不満を解消する為か、村に水道が出来ました。
この近くの農村には基本的には井戸がありません。大概は川の水を飲んでいます。鎮の水道だけは浄水した水道のようですがその他の村落の水は川の水を貯水槽に入れてそこに蛇口を取り付けて使っています。洗濯をしたり、飲み水にしたり、食材を洗ったりとそれなり大事には使っています。私もご飯を作ってもらっている時はこの水で炊事をしたものをいただいています。
ですから 基本的にこの水の成分や衛生的かどうかは不明です。
それが今回 人民政府の費用で貯水槽から各家庭まで水道管が曳かれました。ただ水道管は地上にむき出しで道路の上に置かれたままでリヤカーやオートバイの通行が困難となりました。仕方ありませんので各家庭から人が出て地表に出ている邪魔な水道管を地下に埋設する作業が行われていました。

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ですから見かけだけの水道です、衛生的がどうかは不明です。地表にむき出しの水道管、 単に村民の不満をそらす為だけの水道のように思います。医療保険よりも先ず こういった基本的な飲料水の衛生確保の方が優先されるべきだと思いますが共産党が農民を重要視しているという姿勢表明としては意味があるのでしょう。

画像は地表に出ていた水管を地元の人で地中に埋める作業 一家で一人の参加

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posted by むりー at 11:28| Comment(0) | 戛洒紹介

雲南農村医療保険開始 その2

雲南で農村の医療保険が始り現実的な対応としては都会に出ていた人が病気になり、田舎に戸口を農村に戻し 医療を受ける事も考えられるでしょう。
また 当然の事として今まで 病院にいけなかった農民が初めて医療を受けられる事になります。これで病院に行けずに亡くなる人もある程度は減るでしょう。
今まで田舎の犠牲の上に上海や北京の社会が成り立ってきました。その不満が大きな「社会の不安定要因」となり共産党に向かっています。
その不満を解消する為に農村の医療を改善する方向は肯定したいと思います。(無いよりはマシ)

以前から書いてきたメタンガスのトイレもその一つの流れとして考えるべきかもしれません。


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前回、今回と続いて病院へ行って面倒を見てますが 病院代だけでは大概済みませんし、地域的なのか「外国人は金持ち、私達の面倒を見るのは当然」という発言もあります。そして今回は看てくれなければ「死んでしまう」と言われています。
突き詰めて考えてもそこまで面倒をみる義務はありませんが やたらほっておくと恐いものもあります。以後 何を言われるかわかりません。ただ そこまでしてタカラないと生きていけないのも現実です、
面倒をみてくれそうな人間が身近にいたらきっと**人などという区別に関係は関係なく誰でもそうするでしょう。

とにかく私にとっても医療保険が始る事は助かります。現在感染症に掛っている人が戸口が県城の非農民になっているのですぐにでも老家に戻して農民になれと言い渡しています。実際に農家で野良仕事をしています。

画像はメタンガスの家への引き込み後の処理装置です。圧力調整と何か成分のフィルタリングをしているのでしょう。

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下は農家の台所

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雲南農村医療保険開始 その1

2006年10月行

いつものように行ってきました。今回は農村の医療保険について書いてみたいと思います。知りえた事は(あまり関りたくありませんが関ってしまいました) 雲南のある農村の一例ですので全ての農村に当てはまるわけではありませんが参考にはなると思います。
こいう事を中国に滞在されている方が書くべき事だと思いますが何故か私が結局書く事になります。それだけ農村に行かれている人が少ないのでしょう。

8月に訪れた時に丁度 農村の医療保険への登録と保険の掛け金の支払いが行われていました。農民一人1年の掛け金が10元だそうです。ただ農民のみのようです。今回の訪中時もまだその登録が各地の村で行われていて 干女の旦那が村民委員会の委員ですので事務処理をしているそうです。

農村の医療保険は存在しないのと同じ状態でした。しかも一度病院に通うと年収程度が掛る事もあり、「看病難」で農民が医療を受けられず亡くなる事も多くあります。干女の父親もそうして亡くなりました。そして更に悪い事に医療費は取り放題どんな金額でもありえます。ですから不必要な過剰な医療行為もあり得ます。医療情報など接する事の出来ない農民にとってただでさえ高い医療費と騙しの医療の為に安心して医療を受けられる事は少ないようです。
先日もテレビを見ていたら医療保険が開始された地域は既に医療を受ける人の数十%ほど上昇しているそうです。

雲南での医療保険ですが 払い戻しの金額ですが 玉渓市(雲南で3番目の都市)では20%, 私が行っている県の県城で30%, 私が行っている鎮では40%の金額が戻ってくるそうです。
農村ほど貧しいので金額も大きくなっているのでしょう
ただ上限は年5千元 これは戻ってくる金額の上限なのか支払った対象の金額の上限なのかは聞き忘れました。全て農民が対象で戸口簿が基本のようです。

何回か続きます。
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2006年11月17日

戛洒での暮し

農村部では一定以上の細かい地図は外国人には売らない、見せない規則があるようですが 初めてこんな細かい地図を見る事が出来ました。
しかも町の市街図として道路脇に10ケ所近くも同じものがあります。
外国人が見る事を想定していないのか、重要視していないのか・・・・
畑やたんぼ 1枚1枚が出ている地図は初めてです。
1枚目のみ 1500x1000dot

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3枚目 机とテレビ 窓から見えているのがマンゴー樹

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4枚目 冷飲店にて リンゴ汁 本物のリンゴを絞ってます1元

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テレビは結婚式の時に花嫁の荷物として行ったものですが余っているので帰ってきました。今は25インチで千元を切っていました。

干女(義理の娘)の子供も半年が経ち大きくなりました。

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元祖 赤飯

雲南の紫糯米です。
日本の白米8 紫糯米2 ぐらいの割合が丁度良いようです。
大体 通常のお米の2倍くらいの1Kgで5-6元です。
多分 日本の赤飯の元祖だと思います。

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もって帰る時に空港で植物検疫の手続きが必要でこんなハンコのついた紙を貼られます
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たまたま結婚式3

たまたまあるいは旅行社や旅游局を通して 結婚式の模様を昆明辺りの人が撮影する事があるようですが小遣い程度を渡して終わりのようです。日本のテレビ局にしてもこういう場で撮影して なにがしのお礼をして終わりです。でも 撮ったものを渡す、送るという事をしません。面倒だからでしょうしまたそこへ行く事も無いようです。

でも私の場合、その後その場所へ行って撮影したもの渡していますので 余計タカラレ易いのでしょう。しかも新郎、新娘か並んだものは一生の記念という事で大きなプリントにして渡しています。そんな写真は大概 家の壁に貼ってあります。私のそういう行為を見て村の人がタカッテくる。日本人だったらそんな事はしませんが、中国ではタカリ易い人間にタカル。
貧しい農民が夫婦で結婚の記念に夢のような写真を撮るのが流行っていますが所得に比べ高価ですので田舎では作れない大き目のプリントを渡して少しでもその代りになればと思います。

他人の善意に付け込む。今までの経験では間違いなくそういう方向を感じました。そうでは無い人もいますが少数でした。書くまでもありませんが それでも騙しはありませんし、二度と行かないという気持ちにはなりません。騙しはありません。断れば良いのにタカラレても続けています。しかし タカリの多さは信じられないものがあります。(尚 新郎と新娘にタカラレタ事はありません。その写真を見た近所の人がという事です)

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たまたま結婚式2

結婚式前の準備 牛や豚、鶏を処分します。
また犬も同じように食べます
こんな光景が婚家の回りの何ヶ所かで見られます
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結婚式と行っても実際は式に該当するものはありません。希に夫婦で嫁いだ先の両親の前で床に頭をつけて挨拶する家もありますが 少ないようです。
多くは単に参加者にご飯とお酒が大量に出るだけです。
でも大量ですから3日ぐらい続く時もあります。
一生に一度ですから 沢山費用が掛ります。

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これは結婚式のあった家の近くの家の機織りです。
家は土で出来ていて 土色の殺風景な家ですが 機織り機の織物の美しさは対象的です。
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たまたま結婚式1

花腰タイの結婚式です。

1枚目は 新郎の家に嫁ぐ新娘です。左の太りめの女性です。
   右側は伴娘
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2枚目 新郎の家の2階で新朗と新娘
   何故か写真大好きの中国人が結婚式で写真を撮る風習が無いようで私が出会う結婚式では必ず二人並べて撮って大きくして送ります。
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3枚目 4枚目   新娘が花嫁道具と共にやってきて新郎の家にやってくる時に新娘の友人がやってきて2階で一緒にご飯を食べます。 そしてすぐに新娘は実家に帰ってしまいます。
そして新郎が新娘の家に行き 夜二人で新郎の家に戻ってくるのが一般的です。
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撮影してデジカメはnikonの廉価400万画素モデルです。これでも一応4つ切り可能でした。以前はVCDを作って贈ったのですが元気無し
posted by むりー at 11:12| Comment(0) | 戛洒紹介

やはり タカリ

干女の嫁ぎ先にお邪魔して配偶者の父親と出会いました。以前 文化大革命の頃は小学校の先生をしていたのだそうです。しかし 干女と配偶者の私が持っていった太陽電池の腕時計を見て「日本の腕時計は最好」と言い出して無心をされてしまいました。作っている工場は韓国、会社は日本製なんですが。

http://jp.chinabroadcast.cn/151/2006/11/05/1@77749.htm

文盲が減っても もまだタカリが減る事は無いと思います。
進歩は確かにあります。ですがまだまだ 私達が行って日常的な付き合いをすると大きな精神的軋轢が発生するのが常です。
私がタカリを嫌がっている事を知っている干女の困った顔・・・
多分 農村の半数程度の家はこの程度のタカリがあると思います。

大昔は言葉の通じない旅人が来ると襲って殺してしまうのだと日本語ガイドが言っていました。日本人僧侶の能見寛も雲南とチベットの境で殺されています。今はタカリをする程度の心優しい少数民族との出会いがあります。
(皮肉ではありません)
posted by むりー at 11:06| Comment(0) | 戛洒紹介

帰ってきました

11月3日に帰ってきました。今回もいろいろありました。

今回は本当にタカラレルのが辛い事態になりました。「面倒を見てくれないと死んでしまう」と言われてしまってます。詳しいのは後からゆっくり書きます。
でも辛かったのは3日間だけで残りのほとんどは自分の部屋もほぼ整理され それなりに小さな幸せも感じます。全部苦しければ行きませんが苦しい部分の過激さはかなりのものですが一部分です。そして死がそこにあったりします。幸せは死と隣り合わせかも。
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2006年10月16日

新戛洒紹介 その1補足

補足です。少数民族の標高による居住地域について

雲南で気温はとても大事な事です。この戛洒は雲南でも年平均気温がとても高い極所的な場所です。そしてその高さの為に感染症が多くそれを恐れた漢族は住んでいませんでした。今は漢族が段段と増えてきてはいます。多分 感染症に対する知識の増大、医療水準の向上が理由だと思います。

一般的に環境の良い場所を漢族が占拠して少数民族が環境の悪い山地などに追いやられるというのか中国の普通の歴史ですが 雲南や中国南部の高温地帯は感染症の恐怖から良い場所を漢族が占拠しないという事が起きていました。逆に山地に漢族が住み、低地に少数民族が住むという事が多いようです。その分 危険ではあるわけです。
またこの低地に住む少数民族というのは特にタイ族が多いようです。
それは稲作を行い、少数民族の中でも力のあるタイ族であった為だそうです。つまりタイ族は抑圧民族であり、披抑圧民族でもあったわけです。

この戛洒でも後ろに迫る哀牢山脈に住むのが漢族で低地にタイ族が住んでいます。山地の漢族はタイ族に比べて更に貧しいようです。

そんな経緯があり、事実をありのままに書き危険があるがそれを納得した上で訪れていただきたいと思います。
posted by むりー at 20:42| Comment(0) | 戛洒紹介

新戛洒紹介 その1

雲南は雨が続いているそうです。
本来は稲刈りなはずですが毎日、雨で稲刈りが始まらないそうです。

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これはいつも行っている鎮とその近くの村です。
一番左が 戛洒鎮でここに部屋を借りました。上部の左右に省道が見えています。その道路の上にベドナムへ流れる紅河が流れています。棚田で有名な元陽もこの河の下流にあります。
紅河と省道の間に村落が並んでいます。左から速都、曼秀老寨、曼湾、曼理、大檳榔園です。一番右の大檳榔園には省道から観光用の専用道路が白く縦に見えています。ここが戛洒鎮の観光村です。
(この村の名前が出ている地図は外国人には見ることが出来ません。
内部地図です。でも役所に行くと貼ってありますので写真に撮るかメモしてきます。)

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この頃はこの村に良く行ってご飯を食べています。もう壊れかかった電動自転車で戛洒鎮と行き来しています。そろそろ電池がヘタってきているようです。まだ500kmしか走っていませんが。
この村は観光村だけあって古い生活スタイルがよく残っていて、タカリも強烈です。
2,3枚目がこの村の様子です。3枚目の2本の木はマンゴーですがこれよりも太いものが沢山あります。

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周りはほとんど棚田で稲とサトウキビです。見えている木の半分はマンゴー樹です。電動自転車でこの辺りをウロウロしているとシアワセを感じます。

次回のお土産はこの画像をプリンターで打ち出して持っていきます。
若い人よりも年寄りにこれを見て貰いたいと思います。ですが喜びはしないでしょう、保守性があるからこそ千年二千年と続いた村の生活があるように思います。

のどかで魅力的な場所ですが感染症の恐さと表裏です。
この場所は雲南でも標高が低く特に暑い場所で あるサイトには「炎瘴之地」と呼ばれ昔は夏と冬で大きく人口が変わると書かれていました。今でもここの宿は30元以上の部屋は全て空調が入っています。
ここの人は私達日本人と大体 5度ぐらいは体感温度が違うようです。一緒に生活すると困る時もあります。特に一緒には寝られません。昼ご飯を一緒に食べて后睡なんですが農家ですから空調はありません。一度 挑戦してみましたが寝てても汗が大変で苦行です。

とにかくありのままに書かなければこういったものを見て行かれる人もいるのですから 耳障りの良い事だけ書くわけには行きません
浪漫だけでは危険です。本来はもっとはっきり書かなくていけないのですがこれくらいが限界かもしれません。

posted by むりー at 20:30| Comment(0) | 戛洒紹介